スポーツ業界のニューノーマル に挑む現役サッカー選手が同世代に伝えるメッセージ

〜 自分の価値を「デュアルキャリア」で活かす 〜

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都並 優太

1992年生まれ

 

株式会社奈良クラブの選手兼クラブスタッフ。

現在は、奈良クラブのサッカー選手であり、同クラブの営業、またサッカークラブの普及活動に取り組んでいる。奈良県内のサッカースクールの先生も務めるなど、地域のサッカー普及にも務めている。

昨年同クラブの監督だった林舞輝が、今年浦和レッズのコーチに抜擢されるなど、今一番輝きを放つクラブの一つだ。

サッカー選手だけど、所属クラブで営業にも挑戦

—— 都並様は、サッカー選手でありながら『複業』という新しいスタイルに挑戦されているとお聞きしました。

都並 去年は、クラブスタッフとして契約社員という形で、給料をもらいながらクラブの中で働かせてもらっていたんですけど、今年から契約内容が変わったんです。クラブの営業に関しては、業務委託契約という形で、時間には縛られない形なんですけど、成果報酬ということで、自分が働いて利益が出た時に報酬をもらうという形、言い方変えればフリーランスみたいな形でクラブの営業を始めました。

人間性やキャラクターはプレー以外でも活かせる

—— いわゆる選手兼クラブスタッフという働き方は特別なケースなんですか?

都並 あまりないケースだと思います。稀にあるんですけど、やっぱり選手がクラブの中で働くということは良い面もあれば懸念される点もあって。例えば、クラブの内情が見えたり……そういう意味では難しい面もあるのかなと思うんですけど、僕個人的には、選手っていう立場を生かしながら、ピッチ内のプレーだけではなく自分の人間性とかキャラクターみたいなのをクラブに活かせると思ったので、そういうことを消化していって踏み出しました。

クラブによるビジネス研修には、前のめりで参加

—— クラブ側にとっても都並さんをスタッフとして雇うということは重要な選択だったと思うんですけど、都並さんがスタッフとして採用された理由ってご自身でなんだと思いますか?

インタビューに答える奈良クラブ・都並選手

都並 シンプルに、人付き合いとか、吸収しようとする前向きな姿勢とか、そういうのとかを評価していただいたのもちょっとはあるのかなと思っています。

去年、このクラブに在籍して2年目だったんですけど、1年目に奈良クラブに入団した際に、サッカー選手でもビジネススキルを学べるような、例えばセルフ・ブランディングとかそういうものを学ぶような機会をクラブに設けてもらっていて。全員が講義を受けれるんです。そういう機会に対して、僕は面白いな、と思って前のめりにチャレンジしています。

もちろん選手やりながらで体とか心的に負担になることもあったんですけど、それよりも自分の知らない世界とか、新しい取り組みとか、そういう中で新しい人たちに出会えることが、僕はすごいポジティブに捉えられる人間なんで、そういうのが色々評価されてというか、社長にうまく入り込んでいった結果だと思います(笑)

複業はこれからの自分の人生で活きる活動

—— ここまでお話を聞いていると、とっても忙しそうですね

 

都並 楽しく前向きに、複業は、次の自分、これからの自分に活きてくるような活動だと思うので、なかなか大変な部分もあるし、不安も少なからずあるんですけど、それも越えていけるように頑張ろうと決意して、今年を始めています。

—— 都並さんの1週間のスケジュールは、どんな感じですか?

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都並 基本的にサッカーの方は、午前中がトレーニング、土日に関しては試合が入ってくるんですね。サッカーの先生(学童:詳しくはプロフィール参照)の方は週3回(月・水・金)の14時〜18時までの間で勤務。その空いた時間の中で、営業だったり、他の自分の時間に当てるという感じです。

 

—— 一日オフというのは、ほぼない?

 

都並 去年とは違って、自分が休みたいと思う時に休めるようになりましたが、チームのスケジュールは優先されるので、そのスケジュール次第ですね

サッカークラブも一般企業も、仕組みは一緒

—— まだ少ししかお話伺っていていないですが、営業に向いてそうですよね?

都並 そうですね、でも思ったのは、そうやってよくキャラクターとか、もともと持っているパーソナリティみたいなもので営業とか向いてそうと言われて、いざ営業をしてみると、案外そういう時は堅くなったりして、そういう新しい発見とか、自分にとって、選手とは全然違う状況だしというのも理解できて。やっぱり仕事って何事も一筋縄でいかないんだなってすごく学べました。あとはどうしてもサッカーとリンクさせて考えちゃうクセ、職業病なのかな、サッカーで育ってきた分だけ。

オーバートゥエンティのインタビューに答える奈良クラブ・都並選手
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奈良クラブは、奈良県から初のJリーグクラブを目指して活動するサッカークラブ。1991年に設立された都南クラブを前身に、2008年に奈良クラブとして改称、奈良県リーグ、関西リーグを経て、2014年に全国地域リーグ決勝で優勝し、日本フットボールリーグ(JFL)に昇格した。地域に根差した総合型スポーツクラブを理想とし、Jリーグを目指すトップチームのほかに、小学生~高校生までを指導する「奈良クラブアカデミー」、知的障がい者サッカーチーム「奈良クラブバモス」、ダンスを通して健康を育む「奈良クラブチアダンススクール」などを運営している。

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サッカーを軸に人生のあらゆる選択をしてきた

—— それでは、ここから都並さんの背景にフォーカスしたいと思います。サッカー選手を選んだ理由を教えてください

都並 親が元プロサッカー選手(都並敏史さん)で、日本代表とかにも入ってた人間で、その親もいて兄もいたので、気づいたらサッカーと触れ合っていたというか、物心ないときからサッカー(笑)、気づいたら楽しくなってました。最初はただただ友達とやるサッカーが楽しくて、遊び感覚でやっていたんですけど、小学校の時のチームで、上級クラスへのセレクション試験があったんですけど、その試験で不合格になってしまって、自分の同い年の選手は3人くらいそのクラスに合格して。その時に、明確にもっとサッカー上手くなりたいとか同級生の子たちとかに負けたくないと初めて思ったのが今に繋がるきっかけです。

そこから、ずっとサッカーを上達するためにやってきた。その流れでプロサッカー選手になりたい、と。大人になっていく中で、自分の親の職業とか理解していく中で、憧れであり、大好きなサッカーでお金をもらって、みんなに応援されるような選手になりたいという夢ができて目指しました。

だから、自分はサラリーマンになりたいとかっていうのは、ほぼほぼ思った事なかったですね。ずっとサッカーを中心に生きてきて、サッカーというものを踏まえた上で全部人生の選択をしてきたんです。自分がサラリーマンをしている姿は全然思い浮かべられないです。

違う舞台で戦う仲間から刺激をもらう

—— そんな環境で育ってきた都並さんの周りは、サッカー選手やサッカー関連の方が多いですか?

 

都並 一緒にやってきたメンバーの大半が一般企業に転職したりとか、サッカーとは全然違う道に進んで、そこでキャリアを歩んでいる人も多々、というかほぼほぼですね。

 

今でも一緒にサッカーをしてきた仲間としてずっと関わりあるんですけど、それぞれの職業のところで日々戦っているなって。だから、職業は違えど、あんまり感覚的には変わらないです。

次のステップに行くときに、何もない自分は嫌だった

—— サッカー選手の選手キャリアって短いですよね、都並さんもいつかのタイミングで次のキャリアに、それはイメージできますか?

 

都並 すごく明確に見え始めたところ。

 

そもそも選手権スタッフという立場を始めたきっかけも、年齢を重ねることで、どうしても次のことっていうのが頭の中にちらつく状況もあったのですが、その中で「選手」っていうキャリアをまだまだ一つでもステップアップしていきたいという思いはあるんだけれど、現実的にこれから先の次のステップを踏む時に何もないままじゃ、スムーズに行けないなと。そんな自分が嫌だったので、現役はまだまだ続けたいという思いはありながら、どういった行動をしたら、社会経験とかそういう一般社会というものと触れ合えるのかなと思った時に、サッカークラブのスタッフになってみて、そういう社会の仕組みとか、また見えるものがあるのかなと思って、自ら打診したのがきっかけです。

 

クラブにとっては負担になる面もあったと思うんですけど、快く受けていただいて、去年1年働かせていただきました。

違う職業に就いたからこそ気づいた「有り難さ」

—— 今回都並様にインタビューをお願いした理由が、複業でキャリアを築かれていく方が増えてきますよね。そういったものをサッカー選手というある種「複業が難しそうな職業」にも関わらず、実行されている都並さんに対して興味を持つ20代は多いと考えたからです。

 

サッカー選手と営業というお仕事、お互いに及ぼす影響ってどういったものがありますか?

 

都並 やっぱり、選手としてプレーするという意味でいうと、実際にスポンサー様の具体的な金額とか数字が見えてきたりとか、プロとしてプレーする以上、お客さんにはお金を払って見にきてもらっているし、クラブを支えるためにたくさんの企業様が支援をしていただいている中で、僕らはプレーしているんだなと。

 

今までは文面とか言葉だけで自分の頭の中で理解していたつもりなんですけど、実際営業として働くことで、数字を目の当たりにして見ると、よりその重みというか、いろんな人に支えてもらってプレーしているということを改めて気づかせてもらえました。

 

さらにクラブスタッフに関してですけど、僕らの試合、舞台というのを用意していただくために多くの時間を割いていただいて、試合当日も僕らが試合会場に入る前から準備していただいて、試合終わった後も片付けまでして、っていう、本当に一例で挙げるとそういうことがたくさんあるんですけど、この環境を選手は幸せに思ってプレーしなきゃいけないし、その分なんていうんだろう、見てくれている人とか、一緒にクラブで働いている人たちを惹きつけるようなプレーをしなきゃいけないんだなと、感じさせられた、というのが僕のサッカー人生の中では去年すごく感じたことです。

—— 身を以て体験されるのと、頭で理解するのでは全然違いますよね

 

都並 圏内で開催するホームゲームに関しての運営は、自分たちでやるんですね。例えば人を集めるための企画一つとってもみんなが意見を出し合ったり、会議したりするんですけど、それに去年初めて参加させてもらったんです。全く僕はいい企画を発案出来なかったんですけど(笑)。こういったものを毎週やっていただいて、積み重ねて、お客さんのいる中で僕らはプレーできているというのも本当に痛感しました。

 

—— 去年は実りの多い1年だったんですね

 

都並 社会的には手放しで喜べない時期でしたけど、個人的にはコロナもありながら、そういう立場で働かせてもらったことで、改めて自分のサッカー選手としての価値、人間としての価値、そういうものを今後どう活かしていけばいいのか、現状の自分でもどういう風に活かせるのか、というのをすごい考えた年だったので、すごく学びも実りも多い一年だったと思います。

株式会社 奈良クラブ

都並 優太

1992年生まれ

 

株式会社奈良クラブの選手兼クラブスタッフ。

現在は、奈良クラブのサッカー選手であり、同クラブの営業、またサッカークラブの普及活動に取り組んでいる。奈良県内のサッカースクールの先生も務めるなど、地域のサッカー普及にも務めている。

昨年同クラブの監督だった林舞輝が、今年浦和レッズのコーチに抜擢されるなど、今一番輝きを放つクラブの一つだ。

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「ニューノーマル な生き方の先に見据える大きな夢」

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