“農業を変える”

ビビッドガーデンの 20 代取締役が同世代に伝えるメッセージ

〜 人生の目標とキャリア、挫折について 〜

松浦 悠介

1995年生まれ

 

株式会社ビビッドガーデン取締役。

一橋大学社会学部卒業後、従業員数30,000名を超える外資系企業に入社。

その後、1年目に当時5名の株式会社ビビッドガーデンに転職し、2021年から同社取締役を務める。

大企業からの転職。背中を押した、秋元社長の覚悟

—— 転職された経緯について教えてください

松浦 大学時代、友人と実際に畑を借りて作物を育てたり、日本全国や海外の生産者さんのところを回りお手伝いをしていたりとするうちに、将来は「食や農業」に関わりたいと思うようになっていました。ただ、当時は自分で何かを成し遂げるほどの力がなかったので、修行をしようと思い、大学卒業後は外資系企業に入社しました。ただ、その年の自然災害で、学生時代にお世話になっていた農家さんが被災してしまいました。  その時に「いつか農業の道に進もう」と悠長に思っていては遅い。「今すぐにでも農業の道に進まなきゃ」という思いに変わりました。そのタイミングで偶然、学生時代にインターンをしていたビビッドガーデン(食べチョク)代表の秋元と再会し、代表の覚悟を感じ、自分もここで働こうと思い、転職しました。

—— 秋元社長の覚悟とは、どういったものなのでしょうか

松浦 学生時代に会った時は、キラキラしたイメージでした。髪の毛が長くて、フリフリの服を着たOLみたいなイメージです。これが一年後に会うと髪の毛は短くなっていました。短い理由は、食べチョクTシャツのロゴが隠れてしまうから。本当に全てのアクションを一件でも多くの注文に繋げようとしていました。 そういうところを見た時に、「あ、この方本気なんだな」と思いました。一次産業の領域って、今は少ないですけど、大企業が新規事業でやってみて撤退する、といったことが過去に多くあったんです。ただ、秋元からは絶対に成し遂げるという覚悟を感じたのです。

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農家さんたちはかっこいい!

—— では、どうして農業だったのでしょうか

松浦 何か新しいものを作ってみたいと考えていた中で、たまたま大学時代に農業サークルを作る機会がありました。その活動の中で各地の農家さんと会うことが多く、とても刺激を受けたことが理由です。

大学在学中も社会人の方とお話しすることが多かったのですが、自分の事業の方向性や給料の話が多い中で、生産者の人たちは、すごく想いをもって仕事をしていることに感銘を受けました。農家の人たちはひとりの事業家としてビジネスを持っている人たちで、言わば自分のプロダクトを持っている方だと思っています。私がお会いした生産者の方々はいつも語る主語が社会だったのです。見えている世界が広いなと衝撃を受けました。そこから、自分でも作物を作ってみようと思い立ち、畑をやってみたのですが、美味しい食材を作ることはこんなに難しいのかと痛感し、これまで以上に農家さんのことを尊敬するようになりました。話せば話すほど、何も勝てないじゃん、と思うことが多く。こんなに思いを持った素晴らしい方々が、より評価される世界を作っていきたいと思うようになっていきました。

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底知れぬ不安を乗り越えた

—— 1社目の外資系大企業から当時5人のビビッドガーデンに転職される際、不安はなかったですか

 

松浦 正直、不安はありました。新卒で1年も経たないうちに辞めて、5人しかいないベンチャーに行くのはとてもチャレンジングな選択でした。 また未経験でのマーケティング職での入社だったことも不安な要素の一つでした。例えば、今後のキャリアを考えた時に、新卒で入社した会社を1年足らずで辞めることや、未経験でマーケティングをやることなど、全てが不安でした。自分のスキルが通用しなかったらどうしようとか、会社が潰れてしまうこともあるだろうとかも考えていました。

—— その不安や恐怖心を抱えて入社されたんですか

 

松浦 色々と考えた末にここで失敗したとしても何とかなると思ったので、決断する時にはほとんど不安はなかったです。何よりもチャレンジしたかったです。

親族からの猛反対

—— とはいえ、周りからの反対はあったんじゃないですか

 

松浦 親戚や職場の人たちは明確にド反対。「ここまでちゃんと育ててきたにも関わらず君はそれを全部捨てるのか、その信頼を失うことを自分でするのか」という話になりました。私なりにかなり考えた上で決めたことでもあったので、お互い口を利かないような状態になったこともありました。大切な人に納得して欲しかったので、パワーポイントを作成するなどして何度も説明を重ねたのですが、正直説得しきれない状態で、踏み切って転職をしました。

—— 関係は修復できましたか

松浦 自分のことを本当に思ってくれた上での反対だったので、 辞めた後でもやり取りしている方はとても多いです。今では応援していただける方も増えてきました。 

「失敗」しようと思ってする「失敗」は「失敗」じゃない

—— 入社後、挫折を味わったそうですが、今の20代は挫折を経験したことがない方が非常に多いようです。そこで敢えて質問させていただきます。挫折って何ですか

松浦 難しいですね。ただ私もそうでした。学生の時に挫折経験がないという話をしていた時に、大学の後輩から「失敗しようと思ってする失敗は失敗じゃないよ」と言われて、なるほど、と思ったことがありました。本気で挑戦して「いける」と思ったものが失敗したらそれが本当の失敗。はじめから「無理かもしれん」と思うような失敗は失敗じゃないという話をされて。とても刺さりました。本気で何かコミットしていないと失敗って生まれないんだな、と思っています。

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頑張るには、自分を知ること

—— 挫折についてのエピソードを教えてください

 

松浦 ビッドガーデン(食べチョク)に入社してからは三か月に一回のペースできます。一つの例で言うと、私たちはtoCのサービスを展開しているため、当然お客様に興味をもっていただく必要があります。 SNSもあればオウンドメディアも持っているし、あるいは広告もあるかもしれない。オンラインとオフラインがあって、オンラインにもSNS、フェイスブック広告もあればリスティング広告、アフィリエイトもあって、色々なものがあるのですが全て未経験なので、1つずつ勉強しながらつぶしていくんです。ツイッターのアカウントを作ってみて、フォロワー増えないな、と苦戦したり。広告に関しては専門性も高いこともありとても苦労しました。

 あと、明確に結果が出ていなくても課題がわからずアクションが打てないこともありました。課題は単一ではなく、複数絡み合っているので、 広告に関してはなんとかしても、それ以外のLPやデザインなどの、様々な観点が絡んでくると、知らないことばかりで手の打ちようがないようなこともありました。

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——どのように乗り越えたんですか

 

松浦 地道に全部解消していった、というのが答えになります。全部分からなかったから一つずつ調べたり、トライアンドエラーを繰り返す中で全部分かるようにした、というイメージが近いです。王道のマーケティングの本や広告の本や記事などをたくさん調べてひたすらに勉強しました。業界に関しても同様で、農業について元々詳しいわけではなかったので、 かなり調べていたと思います。

人生のビジョン:グラデーションの社会を創る

——松浦さんの人生のビジョンは何ですか

 

松浦 二極化しない社会を作りたいです。分断を失っていく社会、グラデーションの社会を創っていきたい。例えば一次産業で言うと、食べる人・作る人がバツっと分かれていて、どこかで誰かが作った野菜が運び込まれてきて食べる。で、余ったら捨てる。すごいもったいないなと思うので、そこをぐちゃぐちゃにしたいです。ジェンダーもそうだし、分断が生んでいる弊害が多くあると思うので、様々な分断を解消していくことを自分の長期ビジョンとしています。

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株式会社 ビビッドガーデン

取締役 松浦 悠介

1995年生まれ

一橋大学社会学部卒業後、従業員数30,000名を超える外資系企業に入社。

その後、1年目に当時5名の株式会社ビビッドガーデンに転職し、2021年から同社取締役を務める。

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食べチョク 取締役 松浦さんの一問一答

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