起業した彼が成し遂げたいこととは
〜 大学を中退して、単身カンボジアへ 〜

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山勢 拓弥

1993年生まれ

Kumae Banana Paper Products 代表。

日本に生きづらさを感じ、大学を中退し単身カンボジアへ。

「情熱大陸」や「グッと!地球便」にも取材され、第50回社会貢献者賞を受賞した彼は、カンボジアで6つの事業をこなす。カンボジアで起業した経緯や、人生を謳歌するために実践していること、日本の20代に伝えたいことを聞いた。

大学を中退して、単身カンボジアへ

— 山勢さんは、現在どのような事業を展開されているのでしょうか。

山勢 カンボジアに住み始めて8年になります。カンボジアではKumaeという団体を立上げ、カンボジアのシェムリアップにあるゴミ山を中心に活動を始めました。ゴミ拾いをする子供に選択肢を提供したいと考えて、日本語学校を始めたり、同じくゴミ山で働く大人に対しても違う仕事を提供したいと考え、バナナペーパーを生産する事業を興しました。

他にもインターン生の受け入れだったり、旅行会社とタッグを組んでツアー事業をしたり、最近では牛タン屋をオープンして牛タンを売ってたりとか色々しています。

あとはちょうど1年前にNFC KUMAEという「挑戦の連鎖」を目的にしたコミュニティを立上げて、挑戦したい人を後押しするような事業を行っています。

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— 今では6つの事業をこなされていますが、大学中退の上単身カンボジアへ渡航したときに迷いはありましたか?

 

山勢 ありませんでした。やるしかないと思っていました。初めてカンボジアに来たのは、カンボジアで古着配りに携わっている知り合いに、現地見学に誘ってもらった大学1年時のゴールデンウィークでした。そこで出会った人たちと縁が繋がって、その年の夏には2か月くらい滞在していました。さらにそこでも縁が繋がり、翌年の大学2年時には、現地で旅行会社の立ち上げに参画していました。

この時にすでに大学を辞めてカンボジアに行くことを考えていました。実際、2か月後には大学を中退し、カンボジアに来てました。

— 3回カンボジアを訪れたことで、大学中退、さらにはカンボジアへの移住を決断されたんですね。山勢さんを突き動かしたものは何でしたか?

 

山勢 一番は大学がつまらなかったんですよね。大学でNGO論を受講していたんですけど、教授が話すカンボジアの話が、僕が現地に行って感じたカンボジアの景色とあまりに結び付かなくて、「何言ってんだろ、この人」って。机上の空論にしか映らないというか。そんなこともあって大学はつまんねえなって思っていました。みんなでわいわいするのも苦手だったり、「大学っぽい」ことが僕には合わなくて、それよりもカンボジアであった人達と話しているのがとても楽しいなと感じていました。

— どうしてカンボジアだったんですか?

 

山勢 たまたまです。カンボジアというよりも、旅行会社を立ち上げた人や、学校建設の人だったり、大学にいても出会えないような人に出会える環境がそこにあったからです。高校卒業直後だったので、そういう面白い世界が日本を出たらこんなにあるんだなって。これだけ面白い世界がいっぱいあるんだっていうのを教えてくれたのが、たまたまカンボジアでした。

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行動する前に赤いコーンを立てる大人たち

— 具体的にはどのような環境でしたか?

山勢 世界一周中の人がいたり、日本で起業されてる方もいたり、あとは単純に変な人(笑)。ボクシングを極めるためにタイのキックボクシングに弟子入りしに来た人とか、そういうちょっと変わった人っていうのが多くて。そういう人たちと話すのが楽しかったです。それまでは「人生は決められたもの」というか、高校行って大学行って、そこから就職して家庭を持って老いていく、みたいなものが人生だと思っていました。なので、突然タイに弟子入りしに行くとか、世界一周してみるとか、そういう違った世界を見た時に惹かれるものがありました。

— 人生は決められたもの?

 

山勢 そうですね。大人も説明できないルールで縛られている感覚がありました。僕の通っていた高校はがちがちのルールがあって、携帯電話を学校に持参することが、ではなく、携帯電話を契約していることが禁止でした。あとは男女交際禁止とか、買い食いがばれたら三日間停学処分とか。世界史を使用した受験なのに受験科目じゃない倫理の授業を「一生懸命」受けなければいけなかったりとか。「いや、その時間は世界史させてくれよ」って。またそれを不思議に思わず黙々とやれって言われたことをやってる周りの姿がちょっと気持ち悪かったりとか。「え?もうちょっと自分の頭で考えようよ」ということは、高校時代からずっと思ってきました。大人も説明できない、そういうがちがちの社会が生きづらいと感じていました。

— カンボジアに行くことで、生き方や考え方に変化はありましたか?

 

山勢 カンボジアに来て、もっと自由に生きていいんだと思えるようになりました。若いときってちょっと自分より経験した大人にあれこれ言われることが多いと思うんですね。僕もよく、聞いてもいないのにアドバイスされてました。でも、人生において誰にも正解はわからないし、たとえ失敗したとしても、経験したことが自分の正解になっていくと思っています。行動する前に赤いコーンを立てちゃう大人が多くて、それをやっちゃう大人の気持ちもわかるんですが、そこを飛び越えれるかどうかで全然違う経験ができると考えれるようになりました。もともと幼少期も学生時代も割と自由に生きていたとは思うんですが、カンボジアに来てからますます自由に生きることの大切さを学んだ気がしています。

​日本人が”頑張れる環境”を創造したい

— 日本でやってみたいことはありますか?

山勢 あんまりないですね(笑)。でも日本人と一緒に何かしたいと思っています。今、私が行っている事業はカンボジアの人に選択肢を提供することです。カンボジアって頑張れる環境が少なすぎるんです。子供たちは勉強したいと思っているのに学校に先生が来なかったり、親が皿洗いしろ、洗濯しろとか、勉強に価値を置いてない大人が多い。仕事の選択肢が少ないことが普通の中で育っているので、先ほどの学校と同じで疑問を持たない人が多いんです。でも中には、やっぱり私たちの村って仕事少ないよね、とか市内に行ったらいっぱい仕事あるのに何で村ってこんなに仕事ないんだろ、みたいなことを思う人もいるので、その人たちに頑張れる環境を提供しているんです。

そんな中で四年前から日本人学生をインターンとして受け入れていて、若い人達と話すことがあるんですけど、日本でも頑張れる環境が少ないんじゃないかと感じています。カンボジア人もそうですけど日本人に対しても頑張れる環境を作りたいと考えているので、日本人に対してカンボジアで頑張れる環境を一緒に作っていこうよっていうことはやりたいなと思っています。

— 日本でも頑張れる環境が少ない?

 

山勢 制度的には充実していますが、世間の目や家庭環境がそれを許さない環境が文化として根付いていますよね。例えばですが、大学を中退して起業したいという時に、「大学だけは出ておこうよ」とか、「三年は働いてみようよ」といった大人が多いように感じます。私が大学を中退してカンボジアで起業するという際も、大人の方は同じことを言ってきたんですよね。「大学を出てからでいいじゃん」、「今行かなくていいじゃん」って。大人からしたらアドバイスなんでしょうけど。大学の友達も地元の友達も親も先生もみんな、反対はしなかったんですけど、ただ大学を出てからでいいじゃないって。それって私からしたらただの集団心理なんですよね。「いや、今、行きたいんだ!」って思いが強かったんですけど、そこを「何で今行きたいの?」って聞いてくれる人がいなかったんですよね。そういう心理的に応援してくれる人が増えればいいなと思います。

——頑張れる環境へ、どうアプローチしていきますか?

 

山勢 難しいですよね。カンボジアの物理的な問題は簡単で、頑張れる環境を作ればいいと思います。ただやっぱり、精神的・心理的なものは自分で気づかなければいけない部分がたくさんあると思います。気づかなければ変わらないし、そう思っていない人もたくさんいると思うんですよ。集団的圧力がかかってることに気づいていない人に対して、「君それで大丈夫なの?」って言っても余計なお世話なだけで。なので、どの層に対してアプローチするのかっていうのは、線引きが難しいと思っています。そこに関して今、一緒にやってる人と話しています。

人生を楽しむために実践していること

— 山勢さんは人生を謳歌されているように映りますが、人生を充実させる秘訣はありますか?

山勢 素直になることが一番だと思います。やっぱりみんな色々隠したかったり言い訳したりするので、今起きている事象に素直に向き合うことが大事になってくると思うんですよね。日本人と話をする時には服装だったり、メールの文章だったり形式ばったものに気を付けなければいけないと思っています。ただ、そこにとらわれ過ぎると苦しくなっちゃうばっかりだなと思うので、もう少し素直に合理的に生きた方がもっと充実するんじゃないかな、とは思います。

— なるほど。心の声をちゃんと自分で聞いてあげるということですか。

山勢 そうですね。例えば面倒くさいって思うことがあると思うんですけど、その面倒くさいって「何でだろう」って自分にちゃんと聞いてあげる。ちゃんと自分に対して説明してあげることが大切で、これを面倒くさいけどあなたのやりたいことってこの先にあることなんだよってことを自分にちゃんと教えてあげないといけないと思います、面倒臭いことに目を背けがちになっちゃったりすると思うんですけど、そう思った自分にちゃんと目を向けて認めることで気づくこともあると思います。日本人は喜怒哀楽のバロメーターが小さいんですけど、振れ幅があった方が楽しい人生になると思っています。

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一問一答

Q.カンボジアに移住したからこそわかる日本人の凄さって何ですか?

A.忍耐力ですね。こんなに我慢できるんだっていう。本当忍耐強いですね。

 

Q.経済的に豊かになりたいという考えはありますか?

A.ありますね。月収4~50万とかそういうことじゃなくて、総資産額が10億を超えるとかそういった資産の豊かさです。

 

Q.具体的にどんなことをされているんですか?

A.カンボジアの土地を買ったり、今だったら仮想通貨とかです。世界の近況を知るっていう勉強も兼ねてやっています。

 

Q.山勢さんが最近一番うれしかったことは何ですか?

A. まさしく昨日(取材当時)、村で鳥小屋を作ってるんですけど、その鳥小屋を作り終えた瞬間はやっぱめちゃくちゃ嬉しかったですね。

 

Q.今、山勢さんがやりたいことは何ですか?

A.自然に近い形で自然が勝手に運営していく村を作りたいです。そのシステムを作るのは自分なんですけど。その後、自然が回していくものを見てみたいです。

 

Q.自然が回るっていうのはどういうことなんですか?

A.例えば鳥が糞をしたら土がどう変わっていくかとか、牛の糞で土が変化して野菜に影響して、その野菜が枯れて死んでしまった時に土や生物にどういう影響があるのかとか、そういうものをちょっとずつ勉強しながら、自然の大枠を自分でも作ってみたいです。

 

Q.地球のちっちゃい版ですね。何年ぐらいで完成をイメージされてるんですかね?

A.完成はないと思うんですけど、二年ぐらいで形になるなとは思ってます。

 

Q.おすすめの本は?

A.夏目漱石「こころ」です。

Q.どんなところがおすすめ?

A.昔の日本人を知れる本です。昔の日本人をちゃんと表現してくれて、今の日本人にも当てはまってほしいなって思う本です。乃木希典という将軍が、明治天皇が崩御された時に一緒に自害するシーンが描かれていて、なんかそれぐらい天皇に慕って、それだけ国のためを思ってた人が明治時代にはいたんだなっていうことだったりとか、Kっていう人と主人公との感情の揺れ動きがとにかく面白いのでちょっと読んで欲しいですよね。

CHECK IT OUT!!

著者 夏目漱石

この小説の主人公である「先生」は、かつて親友を裏切って死に追いやった過去を背負い、罪の意識にさいなまれつつ、まるで生命をひきずるようにして生きている。と、そこへ明治天皇が亡くなり、後をおって乃木大将が殉死するという事件がおこった。「先生」もまた死を決意する。だが、なぜ…。(amazonより引用)

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20代には失敗できるチャンスがある

Q.20代の価値って何ですか?

A.20代の価値はなんでも失敗できるチャンスがあるってことですね。私は失敗にこそ価値があると思っています。それをできることが、20代の特権だと思っています。30代以降の失敗は損をするけど、20代は失敗しても得しかしないですから。どんどん挑戦して失敗すればいいと思います。

バナナの木で作った財布を見せてもらいました

私が建てた工場で生産しているものです。もともとバナナペーパーで作っていたブランドはカンボジアの思い出を持ち帰ることをコンセプトとして生産していたんですけど、4月14日に新ブランドをリリースして、日本向けにリブランディングしています。折ったり切ったり、張ったり、日常で使う紙の特徴を活かしたプロダクトデザインの商品にしました。もちろん、バナナの繊維から作られている面白さを感じてもらいたいです。

 

素材としては結構柔らかくて、皮みたいなものです。触っていくうちにどんどん自分の手に馴染んでいく素材で、ポリエステルを混ぜているので、耐久性もあります。私も半年ぐらい使ってるんですけど、全然破れたりしないですね。

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Kumae Banana Paper Products

代表 山勢 拓弥

1993年生まれ

日本に生きづらさを感じ、大学を中退し単身カンボジアへ。

「情熱大陸」や「グッと!地球便」にも取材され、第50回社会貢献者賞を受賞した彼は、カンボジアで6つの事業をこなす。カンボジアで起業した経緯や、人生を謳歌するために実践していること、日本の20代に伝えたいことを聞いた。

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